連載30回記念!『バリー・リンドン』が教えてくれる音楽の力
皆さん、こんにちは。「クラシックのミカタ」専属ライターの真島です。この連載「映画とクラシック音楽」も、ついに記念すべき第30回目を迎えました。いつも読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。回を重ねるごとに、映画と音楽の奥深い関係性に、私自身も改めて感動と発見の日々を送っています。
さて、今回は、スタンリー・キューブリック監督の不朽の名作、『バリー・リンドン』(1975年)を取り上げたいと思います。この映画、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。18世紀ヨーロッパを舞台にした壮大な歴史ドラマでありながら、その映像美はまるで一枚の絵画のよう。そして、その絵画のような映像に、これ以上ないほど見事に溶け込んでいるのが、クラシック音楽なんですよね。
キューブリック監督の作品といえば、音楽の使い方が非常に特徴的ですよね。『2001年宇宙の旅』におけるR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」や、『時計じかけのオレンジ』のベートーヴェンなど、彼の選曲は常に大胆で、作品に決定的な印象を与えます。しかし、『バリー・リンドン』における音楽の使われ方は、それらの作品とはまた一味違った、非常に繊細で、それでいて力強いものなんです。
今回は、この映画に登場するヘンデルとシューベルトという、時代も様式も異なる二人の作曲家の音楽が、どのようにして18世紀の物語を彩り、主人公バリーの運命を浮き彫りにしているのか。音楽家の視点から、じっくりと掘り下げていきたいと思います。

18世紀の空気感をまとうヘンデル ―― 荘厳なるバロックの調べ
『バリー・リンドン』の音楽で、まず耳に残るのは、ジョージ・フレデリック・ヘンデルの楽曲群ではないでしょうか。特に、劇中で何度も繰り返し使われる「サラバンド」は、この映画のテーマ曲とも言える存在です。皆さんも、あの荘厳で物悲しいメロディを聴けば、「ああ、『バリー・リンドン』だ」とすぐに思い出すはずですよ。
ヘンデルは、まさに18世紀を代表する作曲家の一人です。バロック音楽の大家であり、その作品は当時のヨーロッパ貴族社会の華やかさ、力強さ、そして厳格な秩序を色濃く反映しています。映画の舞台が18世紀であることを考えると、ヘンデルの音楽は、時代考証的な意味合いでも非常に的確な選曲だと言えるでしょう。
「サラバンド」は元々、スペイン起源の舞曲で、ゆっくりとした三拍子を特徴とします。ヘンデルの「サラバンド」は、組曲ニ短調HWV437の第4楽章として知られていますが、キューブリック監督が選んだのは、これにオーケストレーションを施したもの。チェンバロの響きではなく、分厚い弦楽器とティンパニが奏でるサラバンドは、単なる舞曲の枠を超え、バリー・リンドンの波乱に満ちた人生、そして彼を取り巻く貴族社会の宿命的な空気を象徴しているように感じられます。
あのメロディが流れるたびに、バリーの栄光と没落、そして避けられない悲劇が暗示される。特に、決闘のシーンや、バリーが没落していく過程でこの曲が流れると、胸が締め付けられるような感覚に襲われますよね。音楽家としてこの曲を演奏する際、私はいつも、その裏に秘められた厳かさ、そして決して抗うことのできない運命の重みを意識します。ヘンデルの音楽は、まさに18世紀という時代の「顔」であり、映画に確固たるリアリティと重厚感を与えているんですよ。
他にも、ヘンデルのオラトリオ『ユダス・マカベウス』から「見よ、勇者が帰る」などが使われています。これは、バリーが戦場で功績を挙げた際や、社交界で成功を収めた場面で流れることが多く、彼の社会的地位の上昇や、華やかな貴族社会の喧騒を表現するのに一役買っています。バロック音楽特有の華麗で堂々とした響きは、当時の貴族たちの生活様式や価値観を、私たち観客に鮮やかに伝えてくれるんです。
時代を超えた共鳴 ―― シューベルトが語るバリーの「心」
しかし、『バリー・リンドン』の音楽が単なる時代考証にとどまらないのは、フランツ・シューベルトの楽曲が大胆に採用されている点にあります。ヘンデルが18世紀の作曲家であるのに対し、シューベルトは19世紀初頭に活躍したロマン派の作曲家。映画の時代設定とは約半世紀から1世紀ほどの隔たりがあるわけです。なぜキューブリックは、この18世紀の物語に、時代錯誤とも言えるシューベルトの音楽を選んだのでしょうか?
その答えは、シューベルトの音楽が、主人公バリーの「内面」と「感情」を深く掘り下げているからだと私は考えます。特に印象的なのが、シューベルトの「ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 D.929」の第2楽章、アダージョが繰り返し使われる場面です。
この曲は、シューベルトが亡くなるわずか1年前に書かれた、彼の晩年の傑作の一つです。チェロが奏でる切なくも美しい主題は、聴く者の心に深い悲しみと諦念を呼び起こします。映画では、バリーが愛する息子レオンを失った悲しみ、あるいは自身の孤独と向き合う場面などでこの曲が流れます。ヘンデルの音楽が、外界の出来事や社会の形式を表現する「客観的な視点」だとすれば、シューベルトの音楽は、バリーの心の奥底にある感情や、彼の人生に漂うメランコリーを表現する「主観的な視点」なんですよ。
ピアノ三重奏という編成もまた、絶妙です。ピアノ、ヴァイオリン、チェロ。それぞれの楽器が独立しながらも、互いに寄り添い、絡み合い、まるでバリーの複雑な感情の機微を表現しているかのようです。特に、チェロが奏でる深々とした旋律は、彼の内なる苦悩や、失われたものへの追憶を雄弁に物語ります。私たち演奏家にとって、シューベルトの晩年の作品は、彼自身の人生の悲劇や、深い人間性が凝縮されているように感じられるものです。このアダージョを演奏するたびに、私は言葉にならないほどの感情のうねりを感じます。キューブリック監督は、きっとその普遍的な悲しみ、人間の宿命的な孤独を、この曲に見出したのでしょうね。
時代を超えて選ばれたシューベルトの音楽は、18世紀の華やかな貴族社会の裏側にある、人間の普遍的な感情――愛、喪失、絶望、そして諦め――を私たちに語りかけます。ヘンデルの音楽が「時代」を語り、シューベルトの音楽が「人間」を語る。この見事な対比と融合こそが、『バリー・リンドン』の音楽の最大の魅力であり、キューブリック監督の天才的な音楽的センスを示すものだと、私は強く感じます。
映像と音楽が織りなす「絵画」のような体験
『バリー・リンドン』は、その映像美がしばしば「動く絵画」と評されます。自然光のみを使った撮影や、絵画のような構図、色彩は、まさに一枚一枚のフレームが美術館に飾られてもおかしくないほどの完成度を誇っています。そして、その「絵画」に魂を吹き込んでいるのが、他でもないクラシック音楽なんです。
キューブリック監督は、音楽を単なる背景として使うのではなく、物語の重要な構成要素として、あるいは登場人物の心理を表現する「もう一つの声」として扱いました。ヘンデルの荘厳なバロック音楽は、18世紀という時代の空気感や、貴族社会の壮麗さと残酷さを描き出し、シューベルトのロマン派音楽は、主人公バリーの心の奥底に秘められた孤独や悲哀を浮き彫りにします。これら二つの異なる時代の音楽が、見事に調和し、映画全体に深い奥行きと感情的な豊かさをもたらしているんですよね。
特に、セリフが少ない場面で音楽が流れると、その効果は絶大です。まるで無声映画のように、音楽が映像の意味を増幅させ、観客の感情を揺さぶる。音楽が、映像だけでは語り尽くせない物語の行間を埋め、登場人物の心情を雄弁に代弁しているんです。私たち演奏家も、音符の羅列の裏にある作曲家の意図や感情を読み解き、それを聴衆に伝えることを常に心がけていますから、キューブリック監督の音楽へのアプローチには、本当に共感させられます。
バリー・リンドンの物語は、野心的な青年が社会の階段を駆け上がり、やがて没落していくという普遍的なテーマを扱っています。その普遍性を、キューブリックはヘンデルとシューベルトという、異なる時代、異なる様式の音楽を対比させながら見事に描き出しました。ヘンデルの音楽が示す「運命」や「社会の規範」に対し、シューベルトの音楽は「個人の感情」や「人間の悲劇」を訴えかけ、観る者はその両面からバリーの人生を深く味わうことができるんです。
この映画を観終わった後、皆さんはきっと、ヘンデルの「サラバンド」やシューベルトの「ピアノ三重奏曲」を、以前とは全く異なる感覚で聴くことになるはずです。映画が、クラシック音楽に新たな文脈を与え、その魅力を再発見させてくれる。これこそが、映画とクラシック音楽が織りなす奇跡的な化学反応だと、私は思いますよ。
音楽が語りかける普遍的な美しさ
『バリー・リンドン』は、単なる歴史映画ではありません。映像美と音楽が完璧に融合することで、時間を超えた普遍的な人間の物語を描き出した、まさに芸術作品です。ヘンデルとシューベルトの音楽は、18世紀ヨーロッパの光と影、そして主人公バリーの栄光と悲劇を、私たち観客の心に深く刻みつけます。
私たち音楽家にとって、映画というメディアを通じて、このようにクラシック音楽が新たな命を吹き込まれることは、非常に喜ばしいことです。映画をきっかけに、ヘンデルやシューベルトの作品に興味を持ち、彼らの他の楽曲を聴いてみる、という方もたくさんいらっしゃるでしょう。それこそが、映画音楽が持つ大きな力であり、クラシック音楽の裾野を広げる大切な役割なんですよね。
もし、まだ『バリー・リンドン』をご覧になっていない方がいらっしゃれば、ぜひ一度、音楽に耳を傾けながら鑑賞してみてください。そして、すでに観たことがある方も、もう一度、今度は「音楽」という視点からこの映画を味わってみてはいかがでしょうか。きっと、新たな発見と感動があるはずですよ。
さて、連載第30回。次回もまた、映画とクラシック音楽の魅力的な関係性を深掘りしていきたいと思います。どうぞお楽しみに!
