大正から昭和へ ―― 時代の転換点に立って
1926年(大正15年)12月25日、大正天皇が崩御され、元号が「昭和」に改まりました。あの大正デモクラシーの活気が少しずつ落ち着きを帯びていくなかで、日本はまた新しい時代の空気を吸い始めます。でも、クラシック音楽という文化は、その流れに取り残されるどころか、まさにこの時代に大きな翼を得ることになるんですよ。
その翼の名前は、ラジオ。
1925年3月22日、電波に音楽が乗った日
昭和の幕が開く前年、1925年(大正14年)3月22日のこと。日本初のラジオ放送が東京・芝浦の仮放送所から始まりました。最初の声は、アナウンサーの「JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります」という言葉だったそうです。
私はこのシーンを想像するたびに、なんとも言えない感慨を覚えます。受話器に耳をこじ入れるようにして聴いた人たちの表情を想像するんですよね。まるで箱の中に人が入っているみたいで、半信半疑だったんじゃないかな、と。「本当に遠くから声が届いているのか」と、不思議と興奮が入り交じった気持ちで。
そして間もなく、音楽が電波に乗り始めます。クラシック音楽の演奏も放送されるようになり、東京だけでなく、大阪、名古屋へと放送局が次々に開局していきました。1926年には社団法人日本放送協会(NHKの前身)が設立され、日本全国に音楽が届けられる体制が整っていきます。
「聴く」ということの静かな革命
これがどれほどの革命だったか、少し立ち止まって考えてみてください。
それまでクラシック音楽を聴こうと思ったら、演奏会場へ足を運ぶしかなかった。正装して、入場料を用意して、都会まで出かけて……。地方に住む人々にとっては、生涯に一度あるかないかの経験だったかもしれません。上野の音楽学校のコンサートに通えるのは、ほんの一握りの特別な人たちだったわけです。
それが、ラジオを持てば家にいながら音楽が聴ける。台所仕事をしながら、お茶をすすりながら、畳の上に寝転びながら。そんな形でクラシック音楽が人々の日常に入り込んできたんです。
私は演奏家として、今でもコンサートホールの空気感は何物にも代えがたいと思っています。でも同時に、音楽が「特別な場所でしか聴けないもの」でなくなったこの変化が、いかに多くの人の心にクラシック音楽への扉を開いたか、ということも痛感するんですよ。ストリーミングサービスが登場したときと似た感覚を、当時の人々も味わったんじゃないかな。
新交響楽団の誕生 ―― 日本に本格的なプロオーケストラが生まれた
そしてラジオ元年とほぼ同じ時期に、もうひとつの歴史的な出来事が起きます。1926年、新交響楽団が創立されました。これが現在のNHK交響楽団(通称N響)の前身です。
前回の記事で山田耕筰のことをお話しましたが、彼が情熱を傾けたのは作曲だけではありませんでした。「日本にも本物のプロオーケストラを」という夢を、同時代の音楽家たちと共に抱いていたんです。その夢がようやく形になった瞬間が、この新交響楽団の誕生でした。
初期の指揮台にはロシア人音楽家も立ちました。日本人だけではまだ難しい部分もあって、外国人の力を借りながら、でも確実に日本のオーケストラとして育っていく。明治のお雇い外国人の精神が、形を変えて引き継がれているようで、私には感慨深いものがあります。半世紀の時を経ても、「海の向こうから学ぼう」という姿勢が脈々と続いているんですよね。
ラジオとオーケストラ、最強の組み合わせ
そしてこの新交響楽団とNHKラジオは、やがて切り離せない関係を結びます。NHKが新交響楽団の演奏をラジオで放送することで、オーケストラの音楽が一気に全国へと広がっていく。都会のコンサートホールでしか聴けなかったオーケストラの響きが、東北の農村でも、九州の漁村でも聴けるようになった。
音楽が「作られる場所」と「聴かれる場所」が、初めて切り離された瞬間だったと思います。演奏する側の私からすると、これは少し複雑な気持ちもあるんですよ。ホールの空気、客席のざわめき、演奏者と聴衆が同じ空間で呼吸を共にする感覚——それはラジオには届かない。でもだからこそ、音楽が「日常の一部」として根付いていった意義は、計り知れないほど大きかったと思うんです。
昭和という時代の夜明けに
もちろん、この時代には影もあります。昭和が進むにつれ、日本は軍国主義という暗い道を歩み始めます。音楽もその影から無縁ではいられませんでした。でも今回はひとまず、この時代の「光の部分」に目を向けておきたかった。
ラジオという技術が、クラシック音楽という文化を、日本中の人々のもとへ届けた。その事実は、どんな時代の荒波があろうとも、変わらない真実として残り続けています。
次回は、その昭和の「光と影」の中で、日本のクラシック音楽家たちがどんな選択を迫られたか、という少し重いテーマに踏み込んでいこうと思います。戦争とクラシック音楽——あまり語られることのない、でも絶対に目を背けてはいけない話です。
