映画とクラシック音楽

第36話 第九を写譜した女性 ―― ベートーヴェンの最後の仕事場で何が起きたか

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連載「映画とクラシック音楽」第36話:第九を写譜した女性 ―― ベートーヴェンの最後の仕事場で何が起きたか

皆さま、こんにちは。クラシックのミカタ専属ライター、真島です。この連載もいよいよ第36話。全50話の道のりを思うと、感慨深いものがありますね。いつもお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

さて、今回ご紹介するのは、2006年に公開された映画『コピイスト』(原題:Copying Beethoven)です。このタイトルを聞いて、「あ、あの映画か!」とピンとくる方もいらっしゃるのではないでしょうか。ベートーヴェンといえば、クラシック音楽の巨人中の巨人。そして、彼の代表作であり、人類の宝とも言える『交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱つき」』、通称『第九』の創作と初演の裏側を描いた作品なんですよ。

映画の主人公は、架空の人物である女性写譜家、アンナ・ホルツ(映画ではアグネス・ホルツ)です。彼女は、晩年のベートーヴェンのもとへ派遣され、聴力を失いながらも創作に打ち込む巨匠の楽譜を写し取るという、とてつもなく重い役割を担います。この物語は、単にベートーヴェンの伝記映画という枠を超え、音楽が生まれる現場の生々しさ、そして天才を支えた人々の献身を描いているんです。特に今回は、写譜家という仕事の重要性と、耳が聞こえなくなった作曲家と楽譜の間の「橋渡し」について、音楽家の視点から深く掘り下げていきたいと思っています。

楽譜が手書きだった時代 ―― 写譜家という仕事の重み

現代の私たちは、楽譜といえば印刷されたもの、あるいはタブレットで表示されるデジタルデータが当たり前ですよね。でも、ベートーヴェンの時代はもちろん違いました。作曲家が書いた自筆譜は、唯一無二のオリジナル。しかし、それを演奏家やオーケストラに配布するためには、何十枚、何百枚ものコピーが必要だったわけです。その「コピー」を担うのが、他ならぬ「写譜家」という職業でした。

写譜家は、単にインクと羽ペンで譜面を写すだけではありません。作曲家の乱雑な筆跡を読み解き、曖昧な指示を整理し、時には誤りを訂正する、非常に高度な専門技術が求められました。彼らは、作曲家の意図を正確に読み取り、演奏家が迷うことなく演奏できるように、クリアで美しい楽譜を作り上げる責任があったんです。いわば、作曲家の「想い」を「形」にする、最初の翻訳者と言えるかもしれません。

映画の主人公アグネスは、まさにその写譜家の重責を担います。しかも相手は、ベートーヴェン。彼の筆跡は、時に猛烈な勢いで書かれ、改訂の跡が何度も重ねられるなど、非常に解読が困難だったと言われています。私自身、自筆譜のファクシミリ版を研究することがありますが、その複雑さにはいつも驚かされます。ベートーヴェンの楽譜を写すというのは、並大抵の集中力と音楽理解では務まらない仕事だったはずですよ。

耳を失った天才と、その「耳」となった写譜家

映画『コピイスト』の最も胸を打つ点は、ベートーヴェンが聴力をほぼ完全に失っていたという事実が、その創作過程にどう影響したかを描いているところです。彼は、自分の頭の中で鳴り響く壮大な音楽を、もはや外の世界の音として確認することができませんでした。この絶望的な状況の中で、彼はどのようにして『第九』のような、人類史に残る傑作を完成させたのでしょうか。

ここで重要な役割を果たすのが、アグネスという写譜家です。彼女は単に楽譜を写すだけでなく、ベートーヴェンの「耳」となり、彼の音楽が現実の世界でどのように響くかを伝える役割を担った、と映画は示唆します。実際、ベートーヴェンは晩年、「会話帳」を使って周囲の人々と筆談でコミュニケーションを取っていました。アグネスもまた、彼の音楽的な意図や指示を、筆談や時には身振り手振りで理解し、楽譜に反映させていったのでしょうね。

これは、音楽家として想像するだに鳥肌が立つような状況です。もし私自身が耳を失い、それでも音楽を作り続けなければならないとしたら、どれほどの苦悩を抱えるでしょうか。そして、その頭の中の音を、正確に理解し、楽譜という視覚情報に変換してくれるパートナーがいたとしたら、それはどれほど心強いことか。アグネスは、ベートーヴェンの孤独な闘いに寄り添い、彼の内なる世界と外界をつなぐ、かけがえのない存在だったんですよ。

『第九』誕生の奇跡 ―― 楽譜に込められた情熱と苦悩

『第九』は、ベートーヴェンが長い歳月をかけて構想し、晩年にその総決算として完成させた作品です。特に最終楽章の「歓喜の歌」は、人類愛と平和のメッセージを歌い上げ、時代を超えて多くの人々に感動を与え続けていますよね。

映画では、ベートーヴェンが『第九』の創作に没頭する姿が、非常に情熱的に描かれます。彼は、自らの内に滾る音楽を楽譜にぶつけるように書き記し、時には楽譜を破り捨て、時には歓喜に震えながら音符を連ねていきます。その過程で、アグネスは彼の感情の起伏を間近で目撃し、楽譜のインクの一滴一滴に込められたベートーヴェンの魂を感じ取っていったはずです。

演奏家として楽譜と向き合う時、私は常に「作曲家は何を伝えたかったのか」を考えます。ベートーヴェンの楽譜には、強弱記号一つ、スラーのつけ方一つとっても、彼の深い意図が込められているんです。それを読み解くのは、時にパズルのようで、時に哲学的な問いかけのようです。アグネスは、まさにそのパズルのピースを、ベートーヴェン本人から直接受け取り、組み立てていったわけですから、その経験は計り知れないほど貴重で、刺激的なものだったでしょうね。

彼女は、ベートーヴェンが楽譜に込めた情熱、苦悩、そして人類への希望を、誰よりも早く、そして深く感じ取った一人だったと言えるでしょう。楽譜の向こう側にある、作曲家の息遣いや心の叫びを、彼女は肌で感じていたはずですよ。

伝説の初演 ―― 陰で支えた写譜家の功績

1824年5月7日、ウィーンのケルントナートーア劇場で行われた『第九』の初演は、クラシック音楽史における伝説的な出来事として語り継がれています。聴衆は熱狂し、拍手喝采を送りましたが、ベートーヴェンは耳が聞こえないため、指揮台で背を向けたままその拍手に気づきませんでした。そばにいたソリストが彼を振り返らせ、ようやく聴衆の熱狂を知ったというエピソードは、あまりにも有名ですよね。

この歴史的な初演の成功には、緻密な準備と、数多くの人々の努力が不可欠でした。その中でも、正確で読みやすい楽譜を提供した写譜家の功績は、決して小さくありません。アグネスが写し取った楽譜がなければ、オーケストラや合唱団は、ベートーヴェンの複雑な音楽を演奏することができなかったでしょう。

映画では、初演のリハーサル風景も描かれます。耳の聞こえないベートーヴェンに代わって、アグネスが演奏家たちに指示を伝えたり、音楽的な助言を与えたりする場面は、彼女が単なる写譜家ではなく、ベートーヴェンの音楽的なパートナーとして機能していたことを示唆しています。女性が音楽界の表舞台で活躍することが困難だった時代に、アグネスは、その才能と献身によって、巨匠の傑作誕生に大きく貢献したんですよ。

私たちが今日、『第九』を聴くことができるのは、ベートーヴェンの天才性はもちろんのこと、アグネスのような写譜家たちの地道な努力と、音楽への深い理解があったからこそ、なんですよね。そう考えると、歴史の陰に隠れた彼女たちの存在に、心から敬意を表したくなります。

音楽は、時を超えて「伝わる」もの

映画『コピイスト』は、私たちに改めて「音楽がどうやって伝わっていくのか」という問いを投げかけてくれます。作曲家の頭の中で生まれた抽象的な「音」が、楽譜という具体的な「形」になり、それを写譜家が写し取り、演奏家が再現し、聴衆が体験する。この一連のプロセスは、まるで奇跡の連鎖のようですよね。

特に『第九』は、その普遍的なメッセージ性によって、国境や文化、時代を超えて「伝わる」音楽の象徴です。毎年年末に日本中で演奏されるように、この曲は私たちの生活に深く根ざしています。その根源には、ベートーヴェンの情熱と、それを支えたアグネスのような人々の存在があったことを、この映画は教えてくれるんです。

音楽家として、私は常に楽譜を通じて過去の偉大な作曲家たちと対話しているような感覚があります。ベートーヴェンの楽譜を手に取ると、そこに彼の苦悩や喜び、そして人類への深い愛が凝縮されているのを感じます。アグネスは、その対話の最も初期の段階で、ベートーヴェンの「声」を直接聞いた人物だったわけです。彼女の存在は、音楽が単なる音の羅列ではなく、人間の魂と魂をつなぐ媒体であることを、改めて私たちに教えてくれるんですよ。

終わりに ―― 陰の功労者に想いを馳せる

『コピイスト』を観終えた後、私はしばらくの間、ベートーヴェンとアグネスの姿、そして『第九』の響きに思いを馳せていました。天才の音楽が生まれる過程には、必ずそれを支える人々の存在があったこと、そして、その「縁の下の力持ち」たちの働きがなければ、傑作は世に出ることはなかったかもしれない、ということに気づかされます。

アグネス・ホルツは架空の人物ですが、彼女のような写譜家が、実際にベートーヴェンの傍らにいたことは想像に難くありません。彼らの献身が、どれほど偉大な音楽を後世に伝え、私たちを感動させてきたか。映画は、そうした忘れられがちな人々に光を当て、彼らの功績を称えています。皆さんもぜひ、この映画を通して、改めて『第九』の奥深さと、それを支えた人々の物語に触れてみてくださいね。

さて、次回は第37話。どんな映画と音楽の出会いが待っているのか、どうぞお楽しみに! それではまた、次の記事でお会いしましょう。